2008年8月9日土曜日

「武芸十八般」

「武芸十八般」という言葉がある。
これは、様々な内容があるが、大体「体術・棒術・杖術・槍術・剣術・弓術・砲術・馬術・手裏剣術・居合術・鎖鎌術・鎖分銅術・薙刀術・水術・十手術・短刀術」などなど。

他にも内容に関しては、色々な説がある。

「武芸十八般」というからには、何を持ってしても、勝たなければいけない。この内容を見れば分かる。

相手が何かを持っていたから、こちらが何かを持っているとか、そんな事は全く関係がない。

生死を決する場において、言い訳は存在しない。

剣道初段の人間と、剣道八段の人間が「真剣」を持ち合い「勝負」するとどうなるか?

初段の人間が負けるとは限らない。

真剣勝負とは、そういうものである。

「武芸十八般」というのは「総合武術」なのである。

「格闘技」や「武道」は試し合いがある。

それはそれで非常にいいことである。

「階級制があり、同じ条件下で個人同士の強弱を競う。」
大事な事ではある。
「格闘技」や「武道」はそれが「定義」である。
また、それが全てである。

「武術」では、それは「一部分」になる。稽古場だけで戦えていても、日常空間の中で活用できなければ、意味がない。

現代社会の中で、何を言うんだ!と言う人もいるだろう。

かつて、「力道山」がナイフで「刺された」。
世の中には「格闘技」や「武道」の範疇では考えられない事、考えられない次元の戦いがある。
昔も「銃」はあった。「剣」は当たり前。「弓」も当たり前。「手裏剣」も当たり前。
昔の武術家達は、その中で生きてきた。生き残ってきた。

「相手がこれを持っていた」など、言い訳は出来ない。

言い訳する前に「命」がない。

様々な武術、武器を想定して稽古をしなければならない。

また、その武器の扱い方も勉強しなければならない。対処する為に。

様々な流派を、あらゆる技を、研究しなければならない。対処する為に。

現代においても何ら変わりはない。

と、思っているのは私だけ?(笑)

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