2008年8月5日火曜日

「厳しさの後の…」

今日は朝から師範達が集まっての稽古。
先代の大先生にも来て頂いて、護身術の稽古。
その後に、一般の部の合同稽古。

基本のステップ、基本稽古。

身体が伸び上がるのが駄目だという事が、少し理解できた奴がいたが、まだ出来ない。

理解できたという事は、一つの進歩である。

基本稽古で、真っ直ぐに相手に入身していくが、真っ直ぐに入るということが、難しい。皆、斜めに入る。楽だから。

手から先に入るという事も難しいらしい。今まで何をしていたの???

「内打ち」という基本稽古がある。
これは手から出て、肩を使い、相手の前手を打ち、真っ直ぐに入りながら、腰を切り、半身になり、スライドしながら入り身する。

文字にすれば、たったこれだけの事だが、何年していても出来ない人は出来ない。

出来ないと、人間は自分の考えの範囲でそれを消化しようとする。

そうすると、理解出来ていない場合は、かなり違う形になる。

だが、自分なりにその形がやり易いものだから、それに固執する。

と、年月がたって振り返ると、かなり違う道を行っている。

そこで気付いて引き返せばいいが、気付かずそのままの人が多い。

お~い!お~い!聞こえるかぁ~!(笑)まだ、間に合うぞぉ~!(笑)
基本稽古の一つ一つが皆、そうなっている。やばい!

頑張って直さないと、とんでもない事になる。私も教えていて非常に「はがゆい」。何でこうなっているんだ!東京の道場の場合、私が直接指導する時間が少ない。どげんかせんとイカン。

最後にスタミナ稽古。

頭でっかちな奴は、強くはなれない。1に体力、2に技術である。1に技術、2に技術など「ありえない!」。それは楽だからだ。年を取るとしょうがないのだが・・・


私の稽古方法は、きつい。だが、必ず強くなれる。ついて来れればだが。

強い弟子が育たないというのは、ちゃんと理由がある。当たり前の話である。上の責任である。あっ!俺だ!(笑)

頭でっかちにならずに、言われる事を素直にする事。まずは動く事である。


稽古途中に、黒帯の人間が弱音をはいた。彼は腰を痛めている。
腰を痛めていれば、動きが悪いのは当たり前。だが、言い訳は一言で終わらなかった。長々と説明する。

プチ~ン!自分の中で何かが切れる。

「黒帯を返上しろ!」

言い訳ばかりするなら、黒帯をしめる資格はない。言い訳はいかん。
言い訳ばかりするというのは、普段の生活でも必ず出る。

男の子は厳しく鍛えなければならない。厳しく鍛えられていない人間、甘やかされた人間は、本人自身が駄目だという事を分かっているはずだ。
厳しく鍛えられていない人間が、どうしたら強くなれるのだろう?強くなれるわけがない。

日本刀は鉄で出来ている。叩かれていない鉄は「弱い」。

強い人間は全て、厳しい鍛錬を耐えて上がって来ている。例外はない。

私にとっては、厳しくする事が彼に対する優しさなのである。分かるかどうかは、本人次第。
だが、辞めずに成長できた後には必ず感謝できる。
あの時に、厳しく鍛えてもらってよかったと。

そこで、逃げる人間が大半だが・・・

国士舘時代も、普通の奴も応援団に憧れて入ってきた。
一年間びっしりと鍛えられ、二年生になった時は、そういう普通の人間でも、一丁前になっている。国士舘の応援団の団員として、恥ずかしくない人間になっている。

だが、逃げる奴、多いんだよなぁ(笑)ほとんど、逃げる(笑)

逃げると、その後の人生の中で、同じ様な場面が必ず再び回ってくる。踏ん張れれば、成長できる。

自分の能力以上の事をする時期が、人間には必ずある。そこから逃げずに成長しなければならない。

それが、生きている事の面白さ。昨日は出来なかった、昨日までは逃げ出していた事を、今日は踏ん張れる。
天秤かける奴は、天秤にかけられる。

耐えて、生き残るって事自体に、凄い価値がある。
誰もが出来る事ではない。

分かるかなぁ。分からねぇだろうなぁ(笑)
今日は、熱くなってしまった(笑)

おい!どうせなら、熱く生きようぜ! つまんないだろ!チョボチョボじゃ!(笑)

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