2008年10月2日木曜日

「墓参り代行業」

最近では「墓参り代行業」というものが流行りだしたらしい。

何故、墓参りを代行してもらうのか?

遠くて行けないから、せめて・・・という気持ちなのだろうか?

私自身も20代前半までは「ご先祖様」に手を合わせるという事は、した事がなかった。

墓参りもそうであるから、神様など手を合わせるはずもない。

20代後半に入り、血を吐き入院、集中治療室。死ぬ事はまぬがれた。

退院してから、初めて健康の有難さを知った。それ以来、酒はやめた。

もう二度と、あのような目にはあいたくないから。

毎日、4時間から5時間ウォーキング。そこから始めた。

まともに稽古できる身体に戻すまでに2年間かかった。

その間に、山の中の「滝」に行きだした。

自然に先祖の事を考えるようになっていった。

「滝」に入る時に、黙ったまんまではと、般若信教や御真言を自然に覚えた。

滝の近くのお寺に通うと、自然にお経を覚えた。

先代の大先生と一緒に滝に行った際に、先代が真言やお経を唱えているのを初めて知る。

先代は誰に強制するでもない。

私も自然にそういう事をしている。勉強もした。インスタントでは嫌だと修験者に付いて・・・

それが高じて、鹿児島の「護摩焚き日本一」と言われる寺にも行って「護摩行」をする。顔は火傷でべろんべろん。指の中まで火傷。しかし、火傷の跡は残らなかった。
人間が「拝む」姿の形は、肉体的にも精神的にも本当に弱った時には、そういう形になる。

気力、体力が戻った今も、それを続けている。

弱った時の神頼みじゃ、誰も聞いてはくれないだろう(笑)

別に聞いてくれなくてもいいのだが、自分の中で弱った時だけ、そういう事をする根性が嫌なので、続けるだけ。

弱った時だけとかいう人多いんだよな(笑)

修験者やお寺の人も言っていたな。

「困った時だけの人ばかり」って(笑)人間そんなもんだな(笑)

周りにもそういう人はたくさんいるが、反面教師として大事に学ばせてもらっている(笑)

先祖があって自分が存在する。親があって自分が存在する。

当然の事だと思うのだが・・・

俺が年食ったのか?(笑)

感謝!

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