職場内でのイジメは企業調査で、74%という記事があった。
多分、もっと多いと思う。
イジメというのは人間がいる限り無くならない。
イジメの背景には、周囲から見捨てられ、置き去りにされることへの深い不安があるという。
嫉妬や妬みからのイジメも多いであろう。
生意気であるとか、目立ちすぎるとかも、その原因の一つになるのであろう。
一昔前のように、食べる物を必死になって探していた時代とは違い、よほど他人の事が気にかかるのであろう。
食べるのに必死、生きるのに必死なら、他人を構う暇は無い。
だが、こういう人間はあまり変わらない。
付き合わなければいいだけである。
私自身は、小学生の時は遠足に行っても、友達と弁当を食べた記憶が無い。
必ず、先生と障害児の子と一緒に食べていた。
イジメ過ぎて、友達が1人もいなくなってしまったのである(笑)
これも、中々寂しいものである。
ただ、柔道や水泳の教室に通っていたので、そちらでは友達がたくさんいた。
学校の帰りのホームルームは憂鬱だった。
必ず、先生にチクル女の子がいて、毎日言われていたなぁ(笑)
あの子も、結婚しているんだろうなぁ。まだ、町内とかで同じことしてんのかなぁ(笑)
人見知りするので、よく勘違いされて、生意気だとか言ってイジメられた事があった。
ちゃんと、イジメ返したが(笑)
ほっといてくれ!人見知りなんだ!(笑)
無愛想に見えるのかな(笑)
小学生の時に気付いた。チームプレイは無理だなと。
イジメにはイジメ返してきたが、気付くと同級生の友達はいない。
友と呼べるのは、年上ばかり。
そんな人がいるだけ、幸せだな(笑)
感謝!
さてと、滝にでも行こう。
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2008年7月30日水曜日
「アメリカ人のメタボ」
アメリカの大人の4人に1人が肥満だという。
初めてアメリカに行った時に、その食事の単純さ、ボリュームの凄さに驚いた。
飲み物も1リットルでMサイズぐらいだったと思う。
コーラの2リットルのペットボトルを、ラッパ飲みしながら歩く姿を見て、
口をアングリと開けたまま、塞がらなかった。
ハンバーガーやサンドウィッチの大きさは、日本人の感覚では理解できない大きさだった。
ハンバーガーばかり食べるアメリカ人の知人に、「野菜は食べないのか?」と聞いたところ、「ここに野菜はあるじゃないか!」と、ハンバーガーに入っていたレタス一枚を指差しているのを見た時は、「こりゃあ、病気になるな」と思ったものである。
野菜を取らないから、サプリメントなんだなと納得した。
メタボにも、ちゃんと理由がある。
うちの「メタボ・ブラザーズ」はマダマダ中途半端なメタボである。
どうせなら、腹の皮がたるまないくらい、太れと言っている(笑)
中途半端な「メタボ」では駄目だ。
パンパンな「メタボ」はカッコいい。
どうせなら「大黒様」のようにならなきゃ。
身体は喋らないが、非常に正直である。
アメリカ人の「メタボ」は半端でない。
これは病気だと思うくらい、太っている。
150キロ、いや200キロぐらいある人もかなりいる。
太りすぎで、杖をついている人もいる。膝に負担がかかるのだろう。
だが、あそこまで太っていると逆に立派である。
アメリカの大きさは土地だけではなく、何事も大きい。
スケールの大きさは、日本人の感覚では計れない。
日本が51番目の州になるのは、いつの日の事であろう。
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初めてアメリカに行った時に、その食事の単純さ、ボリュームの凄さに驚いた。
飲み物も1リットルでMサイズぐらいだったと思う。
コーラの2リットルのペットボトルを、ラッパ飲みしながら歩く姿を見て、
口をアングリと開けたまま、塞がらなかった。
ハンバーガーやサンドウィッチの大きさは、日本人の感覚では理解できない大きさだった。
ハンバーガーばかり食べるアメリカ人の知人に、「野菜は食べないのか?」と聞いたところ、「ここに野菜はあるじゃないか!」と、ハンバーガーに入っていたレタス一枚を指差しているのを見た時は、「こりゃあ、病気になるな」と思ったものである。
野菜を取らないから、サプリメントなんだなと納得した。
メタボにも、ちゃんと理由がある。
うちの「メタボ・ブラザーズ」はマダマダ中途半端なメタボである。
どうせなら、腹の皮がたるまないくらい、太れと言っている(笑)
中途半端な「メタボ」では駄目だ。
パンパンな「メタボ」はカッコいい。
どうせなら「大黒様」のようにならなきゃ。
身体は喋らないが、非常に正直である。
アメリカ人の「メタボ」は半端でない。
これは病気だと思うくらい、太っている。
150キロ、いや200キロぐらいある人もかなりいる。
太りすぎで、杖をついている人もいる。膝に負担がかかるのだろう。
だが、あそこまで太っていると逆に立派である。
アメリカの大きさは土地だけではなく、何事も大きい。
スケールの大きさは、日本人の感覚では計れない。
日本が51番目の州になるのは、いつの日の事であろう。
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2008年7月29日火曜日
「稽古」
今日は、この間した背中の手術の抜糸をした。
いや、抜糸とは言わず、抜鋼(ばっこう)というらしい。
糸で縫わずに、ホッチキスのようなもので止めるために、そう呼ぶのだろう。
抜いてもらった後の身体の軽さ。
いや、気持ちが軽くなった。
たったの12日間だったのだが、凄く長く感じた。
親指の怪我も回復している。
う~ん!良い感じだ。
怪我をすると、腹いっぱい稽古が出来ない。
一人稽古は別だが、やはり稽古相手がいての稽古でもある。
相手が怪我をしても、また満足な稽古ができない。
だが、怪我をするぐらいしないと、強くもなれない(笑)
私は稽古すること自体が好きなので、怪我をして満足な稽古が腹いっぱいに出来ないと、気分が落ち込んでしまう(笑)
女性に振られるよりも、落ち込む(笑)
財布を落とすより、落ち込む(笑)
稽古は何時間しようが、飽きない。
10時間でも12時間でも飽きない。
1人で、そのぐらいの時間を稽古していても飽きない。
飲み屋などはすぐに飽きる(笑)
一時間ぐらいが限界である(笑)いや、一時間も耐えられない(笑)
カラオケがあれば4時間はもつかな(笑)
そもそも、1人で飲み屋に行く事はない。
そんな事考えるよりも、稽古しよ~!腹いっぱい!
いやぁ~!うれしいなぁ~!本当に!
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抜いてもらった後の身体の軽さ。
いや、気持ちが軽くなった。
たったの12日間だったのだが、凄く長く感じた。
親指の怪我も回復している。
う~ん!良い感じだ。
怪我をすると、腹いっぱい稽古が出来ない。
一人稽古は別だが、やはり稽古相手がいての稽古でもある。
相手が怪我をしても、また満足な稽古ができない。
だが、怪我をするぐらいしないと、強くもなれない(笑)
私は稽古すること自体が好きなので、怪我をして満足な稽古が腹いっぱいに出来ないと、気分が落ち込んでしまう(笑)
女性に振られるよりも、落ち込む(笑)
財布を落とすより、落ち込む(笑)
稽古は何時間しようが、飽きない。
10時間でも12時間でも飽きない。
1人で、そのぐらいの時間を稽古していても飽きない。
飲み屋などはすぐに飽きる(笑)
一時間ぐらいが限界である(笑)いや、一時間も耐えられない(笑)
カラオケがあれば4時間はもつかな(笑)
そもそも、1人で飲み屋に行く事はない。
そんな事考えるよりも、稽古しよ~!腹いっぱい!
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2008年7月28日月曜日
「直球ど真ん中」
稽古に関して、私は先代の大先生から「強制」された事は一度もない。
元々、大先生自体が稽古を強要するような人ではない。
稽古というのは、本人自身のものであって、人のものではない。という考えがある。
だから、稽古しない人は弱くなるだけ、稽古を一生懸命にすれば強くなるだけ、というシンプルな考えである。
ある意味、自分で進んでする人には良いが、そうでない人にはキツイかもしれない。
何も言ってもらえないから。
しかし、「人に何かを言われて、その後に何かをする」という人で成長する人を見た事がない。
成長する人というのは、自ら成長してくる。
私の場合、手取り足取り教わった事というのは、ほとんど記憶に無い。
自分の動きをチェックしてもらって、良い時は何も言われない。
悪い時はポイントを一言、言われる。それで、こちらも気付く。
自分で修正して稽古していると、何も言わずに頷いて見ている。私の動きが修正されて、良くなった証拠である。
言葉を一言、二言交わすと大先生の言わんとすることが分かり、それを自分なりに動くと頷いている。という様な繰り返しである。
あまり、多くの言葉は交わさない。
稽古に関しては、昔から大体こんな感じである。
しかし、こんな教え方で弟子が多数残るはずが無い(笑)
先代の大先生の弟子の中でも、手取り足取りという人もいた。
が、そういう人はそういうレベルである(笑)
これ以上言うと、何かと弊害があるので、これ以上は言わない(笑)
むかし、大先生にこんな言葉を言われた。
「ここに、立ちたいのなら、自分でここまで上がって来い!上がってきてから、ものを言え!」と。
確かにその通りである。
昔は、たまに言葉を交わすと、こんな風に「直球ど真ん中の剛速球」を投げてこられていた(笑)
私自身、「直球ど真ん中」が好きなので、弟子にもそうする。
しかし、「直球ど真ん中」というのは、言われる方はキツイみたいだ(笑)
あんまり、喋れなくなるなぁ(笑)
言葉にも気をつけなきゃ(笑)
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稽古というのは、本人自身のものであって、人のものではない。という考えがある。
だから、稽古しない人は弱くなるだけ、稽古を一生懸命にすれば強くなるだけ、というシンプルな考えである。
ある意味、自分で進んでする人には良いが、そうでない人にはキツイかもしれない。
何も言ってもらえないから。
しかし、「人に何かを言われて、その後に何かをする」という人で成長する人を見た事がない。
成長する人というのは、自ら成長してくる。
私の場合、手取り足取り教わった事というのは、ほとんど記憶に無い。
自分の動きをチェックしてもらって、良い時は何も言われない。
悪い時はポイントを一言、言われる。それで、こちらも気付く。
自分で修正して稽古していると、何も言わずに頷いて見ている。私の動きが修正されて、良くなった証拠である。
言葉を一言、二言交わすと大先生の言わんとすることが分かり、それを自分なりに動くと頷いている。という様な繰り返しである。
あまり、多くの言葉は交わさない。
稽古に関しては、昔から大体こんな感じである。
しかし、こんな教え方で弟子が多数残るはずが無い(笑)
先代の大先生の弟子の中でも、手取り足取りという人もいた。
が、そういう人はそういうレベルである(笑)
これ以上言うと、何かと弊害があるので、これ以上は言わない(笑)
むかし、大先生にこんな言葉を言われた。
「ここに、立ちたいのなら、自分でここまで上がって来い!上がってきてから、ものを言え!」と。
確かにその通りである。
昔は、たまに言葉を交わすと、こんな風に「直球ど真ん中の剛速球」を投げてこられていた(笑)
私自身、「直球ど真ん中」が好きなので、弟子にもそうする。
しかし、「直球ど真ん中」というのは、言われる方はキツイみたいだ(笑)
あんまり、喋れなくなるなぁ(笑)
言葉にも気をつけなきゃ(笑)
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2008年7月27日日曜日
「稽古」
今日の稽古は子供教室と一般の部。
子供教室では、それぞれ昇級したので色帯をしめて暑い中、頑張っていた。見学者も1名。
子供教室に通う、小学生の男の子が以前、知らない人に抱きつかれて、逃げたという事があった。
その事を最近、私の弟子から聞いた。
それを、男の子の母親に伝えて、「不審者なら学校側にも言わなくては」と言っていたが、男の子に詳しく状況を聞くと、酔っ払いに抱きつかれたという事だった。
不審者ではなくて安心した。
今は不審者が非常に多い。
心配である。
普段稽古している事を出来たというのも、良かった。
ちゃんと、習った事を出来たらしい。
一般の部では、入門したての20代の男性と60代の男性の指導をしていた。
20代前半の青年は中々動きを理解できない。
60代の男性も、この暑さの中よく頑張っている。
稽古の途中で「八木不動先生」も来て頂いた。
免状を書いて頂いた。
初段補以上の免状は全てこの「八木不動先生」に頼んでいる。
不二流体術の打突は非常に実践的である。
これだけを覚えてるだけでも、かなり戦えるのだが、中々覚える事は困難なようだ。
しかし、これを覚えないと基本稽古がちゃんと出来ないのだが・・・
蹴りの鍛錬。腰から上を蹴る蹴りはしない。
足腰の鍛錬。
基礎体力を付ける鍛錬。
皆、へばっていた。した者だけが分かる、このキツサ(笑)
2時間の稽古を終えて、雑巾がけ。
全員、汗は出尽くした感じだが、顔はスッキリとしている。
口数は少ないが、非常に良い顔である。
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子供教室に通う、小学生の男の子が以前、知らない人に抱きつかれて、逃げたという事があった。
その事を最近、私の弟子から聞いた。
それを、男の子の母親に伝えて、「不審者なら学校側にも言わなくては」と言っていたが、男の子に詳しく状況を聞くと、酔っ払いに抱きつかれたという事だった。
不審者ではなくて安心した。
今は不審者が非常に多い。
心配である。
普段稽古している事を出来たというのも、良かった。
ちゃんと、習った事を出来たらしい。
一般の部では、入門したての20代の男性と60代の男性の指導をしていた。
20代前半の青年は中々動きを理解できない。
60代の男性も、この暑さの中よく頑張っている。
稽古の途中で「八木不動先生」も来て頂いた。
免状を書いて頂いた。
初段補以上の免状は全てこの「八木不動先生」に頼んでいる。
不二流体術の打突は非常に実践的である。
これだけを覚えてるだけでも、かなり戦えるのだが、中々覚える事は困難なようだ。
しかし、これを覚えないと基本稽古がちゃんと出来ないのだが・・・
蹴りの鍛錬。腰から上を蹴る蹴りはしない。
足腰の鍛錬。
基礎体力を付ける鍛錬。
皆、へばっていた。した者だけが分かる、このキツサ(笑)
2時間の稽古を終えて、雑巾がけ。
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2008年7月26日土曜日
「稽古場」
昨日、道場の看板が付いた。
だいぶ、場所が分かりやすくなった。
ビルの奥まった所にあるので、分かりづらい。
いつも問い合わせがあって、場所が分かりづらくて、説明がしづらかった。
これで、幾分説明がしやすくなるであろう。
道場看板を見ての問い合わせもあった。
やはり、付けてよかった。
あとは、入り口に付ける「木の看板」を書いてもらえれば、終了である。
今日は、頼んでいた「月刊フルコンタクト空手」の8月号も届いた。
5月15日に行った「靖国神社・奉納演武会」の事が掲載されている。
カラーで1ページほどだが、非常に有難い。
感謝である。
日本で武術は近世に入ってから、屋内稽古が定着した。
武士の場合、藩の藩校の稽古場でしていた。
しかし、ほとんどの場合は蔵や納屋の土間が稽古場であった。
靴を脱いで稽古をするのは、武術が人間教育の手段としての一面を持っていた為であった。四季を問わず、雨風を問わず稽古をする為の方法であった。
中国武術ではほとんどが屋外で、公園などがその稽古場となっていた。靴も履いているのがほとんど。
しかし、最近は屋内の稽古も多くなっている。
日本では「道場」という呼び方が一般的だが、昔は「稽古場」・「指南所」などと呼ばれていた。
「武館」・「演武場」などという呼び方もあった。
「道場」とは本来は「仏教」の修行場所をさす言葉である。
畳を敷いてというのも、幕末ぐらいから。
土間や板間などが、ほとんどで受身などは普通には出来ない。
足裏で受けるしかない。
受身についても、まともな柔道の様な受身をしないので、投げられれば、すぐに反撃に出る。出れる。
寝技の意義が無かった事も、うなずける。
そういう状態から考えると、今の稽古場、道場は非常に恵まれている。
稽古している人達は、恵まれている事を理解しましょう。
いいですかぁ~!めぐまれてますよぉ~!(笑)
「ボロ!」だとか、「古い!」とか、言わないように(笑)
このぐらい言っておけば、大丈夫かな(笑)
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ビルの奥まった所にあるので、分かりづらい。
いつも問い合わせがあって、場所が分かりづらくて、説明がしづらかった。
これで、幾分説明がしやすくなるであろう。
道場看板を見ての問い合わせもあった。
やはり、付けてよかった。
あとは、入り口に付ける「木の看板」を書いてもらえれば、終了である。
今日は、頼んでいた「月刊フルコンタクト空手」の8月号も届いた。
5月15日に行った「靖国神社・奉納演武会」の事が掲載されている。
カラーで1ページほどだが、非常に有難い。
感謝である。
日本で武術は近世に入ってから、屋内稽古が定着した。
武士の場合、藩の藩校の稽古場でしていた。
しかし、ほとんどの場合は蔵や納屋の土間が稽古場であった。
靴を脱いで稽古をするのは、武術が人間教育の手段としての一面を持っていた為であった。四季を問わず、雨風を問わず稽古をする為の方法であった。
中国武術ではほとんどが屋外で、公園などがその稽古場となっていた。靴も履いているのがほとんど。
しかし、最近は屋内の稽古も多くなっている。
日本では「道場」という呼び方が一般的だが、昔は「稽古場」・「指南所」などと呼ばれていた。
「武館」・「演武場」などという呼び方もあった。
「道場」とは本来は「仏教」の修行場所をさす言葉である。
畳を敷いてというのも、幕末ぐらいから。
土間や板間などが、ほとんどで受身などは普通には出来ない。
足裏で受けるしかない。
受身についても、まともな柔道の様な受身をしないので、投げられれば、すぐに反撃に出る。出れる。
寝技の意義が無かった事も、うなずける。
そういう状態から考えると、今の稽古場、道場は非常に恵まれている。
稽古している人達は、恵まれている事を理解しましょう。
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「ボロ!」だとか、「古い!」とか、言わないように(笑)
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2008年7月24日木曜日
「茶帯・黒帯」
今日の稽古では、私自身はまだ背中の抜糸をしていない為に、あまり動けないでいた。
道着をきると、どうしても動きたくなってしまう。
エアコンは相変わらず無いので、この暑さでは何もせずに立っているだけでも汗が大量に出る。
汗が出ると、動きたくなってしまうが、動くと抜糸していない部分が突っ張る。
突っ張るので、少しおとなしくするのだが、また動いてしまう。
と、また背中が突っ張る(笑)
この繰り返しである。病院の先生には言えないなぁ(笑)
早く抜糸して、「山」に行きたいなぁ!
今日は白帯の青年の指導を主にしていた。
やる気はマンマンなのだが、何せスポーツをしたことがない。
少し、時間はかかるかなぁ。
稽古の後に、この前の昇級審査で昇級した「茶帯」の2人に「帯」と「賞状」を渡す。
「茶帯」という意味を大事にしてくれと2人には伝えた。
「初段」になると、「黒帯」になるが、「黒帯」の意味を理解している人は
ちゃんといるのだろうか?
私が「黒帯」を頂いた時は、「黒帯」というのは「天下の黒帯」だと、先代の大先生からは言われた。
確かに、世界中のどこに行っても「黒帯」をしめれば、他人からは通用すると見られる。
その流派の看板を背負うのである。
様々な流派がある。その流派ごとに歴史と伝統がある。
黒帯として人前に出るという事は、その「歴史」と「伝統」を背負わなければならない。
30年なら30年の、50年なら50年の、100年なら100年の重み、先達達が築いてきたものが、その流派の重みである。
黒帯をしめる者は、そういう事をシッカリと考えて、しめてほしい。
「覚悟」の問題だけなのであるが、その「覚悟」を持てる人間は非常に少ない。
う~ん!こんな事言っていると、入門者が減ってしまうかなぁ(笑)
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突っ張るので、少しおとなしくするのだが、また動いてしまう。
と、また背中が突っ張る(笑)
この繰り返しである。病院の先生には言えないなぁ(笑)
早く抜糸して、「山」に行きたいなぁ!
今日は白帯の青年の指導を主にしていた。
やる気はマンマンなのだが、何せスポーツをしたことがない。
少し、時間はかかるかなぁ。
稽古の後に、この前の昇級審査で昇級した「茶帯」の2人に「帯」と「賞状」を渡す。
「茶帯」という意味を大事にしてくれと2人には伝えた。
「初段」になると、「黒帯」になるが、「黒帯」の意味を理解している人は
ちゃんといるのだろうか?
私が「黒帯」を頂いた時は、「黒帯」というのは「天下の黒帯」だと、先代の大先生からは言われた。
確かに、世界中のどこに行っても「黒帯」をしめれば、他人からは通用すると見られる。
その流派の看板を背負うのである。
様々な流派がある。その流派ごとに歴史と伝統がある。
黒帯として人前に出るという事は、その「歴史」と「伝統」を背負わなければならない。
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黒帯をしめる者は、そういう事をシッカリと考えて、しめてほしい。
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